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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)46号 判決

控訴人(原告) 風間晴雄 外八名

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 武田正彦 外八名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人らが一般職国家公務員である地位を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、期限付任用の許否について、

1、期限付任用が許されないことは、昭和三八年四月二日の最高裁判所第三小法廷の判例(民集一七巻三号四三五頁以下)の示すところである。即ち、同判例は「地方公務員法の下において、職員の期限付任用が許されるかどうかについては、法律に別段の規定はないが、同法がいわゆる条件付採用制度をとり(二二条一項参照)、また分限免職および懲戒免職の事由を明定して(二八条、二九条参照)職員の身分を保障していることや、時に臨時的任用に関する規定を設け、その要件、期間等を限定していること(二二条二項参照)に徴すれば、職員の任用を無期限のものとするのが法の建前であると解すべきこと、まさに所論のとおりである。」と判示している。このことは地方公務員法ばかりでなく国家公務員法(以下国公法とも表示する)についても全く同様にいえることである。従つて、国公法上も期限付任用は原則として許されないのである。

国公法においてもその条件付任用の場合(同法五九条)および臨時的任用の場合(同法六〇条)には期限を付することが特に必要であるから、その必要の範囲内に限つて期限付任用を認め、それに対する詳細な法的規制(五九条、六〇条の各号)を加えているのである。このように国公法が、条件付任用および臨時的任用を厳格な要件のもとに認めているのは、国公法が、原則として、無期限の任用を前提としているからであつて、それ以外の期限付任用を認めるには、国公法付則一三条により「その職務と責任の特殊性に基」づく場合に限り、この法律の特例として、別に法律または人事院規則をもつて規定しなければならないのである。(しかし、被控訴人の主張する人事院規則八―一二、七四条が有効、合憲なものであるか否かは別である。)このことは法治国家の建前からいつても全く当然のことである。

2、前記最高裁の判例は、先に引用した如く、職員の任用を無期限のものとするのが法の建前であることを判示したうえ、「しかし、右法の建前は、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させる趣旨に出たものであるから、職員の期限付任用も、これを必要とする特段の事由が存し、且つ、それが右の趣旨(職員の身分保障の意味)に反しない場合においては、特に法律にこれを認める旨の明文がなくても、許されるものと解するのが相当である」とする。即ち、前記最高裁の判例は、法の建前は「職員の身分を保障し職員をして安んじて自己の職務に専念させる趣旨」であるとして職員の身分保障を強調し、これに反しない場合に、その範囲でのみ、期限付任用を認めているのである。

国公法一条は、「この法律の目的及び効力」として、「国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準の確立」をこの法律の目的の第一としてかかげ、この各般の根本基準には、「職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置」が含まれることを、わざわざカツコ書きで加え明示している。

公務員の身分保障は、「職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置」の一つであり、国公法の目的となつているのであり、前記最高裁の判例が正しく指摘したように、国公法の建前そのものなのである。そして、現行法上も、国公法附則一三条により、この法律の特例として期限付任用を認める場合にも、「但し、その特例は、この法律第一条の精神に反するものであつてはならない」との但し書きがついている如く、あくまでも国公法一条の精神すなわち公務員の身分保障に反しないものでなければならないのである。

3、また、職務の性質が極めて単純な肉体的労務であり、専門の知識、経験を必要とすず、代替性が強い職員は、控訴人らに限らず、機械的な労務に従事する現業の国家公務員にも、単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員にも存在するのであり、もし、前記のような単純な肉体的労務をする職員につき期限付任用を認めてよいというのであれば、右のような職員には全く容易に期限付任用が認められてしまうことになる。しかし、機械的労務に従事する現業の国家公務員には、その職務と責任の特殊性に基づいて国公法附則一三条により、国公法の様々の特例が設けられているが(公共企業体等労働関係法四〇条一項)、身分保障に関する前記各条は適用されるのであり、また、単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員にも、その職務と責任の特殊性に基づいて地方公務員法の特例を設けることが認められ、(この場合もやはり但書で、職員の身分保障を含む地公法一条の精神に反するものであつてはならないのである)様々の特例が設けられているが(地方公営企業労働関係法附則第四項、地方公営企業法三九条一項)、職員の身分保障に関する地方公務員法二八条等は適用されるのであり、現行法上職員の身分保障に関しては、なんら異なつた取扱は認められていないのである。

従つて、控訴人らの職務が単純労働であるという理由によつて、その期限付任用を認めようとする見解は、明文の規定を無視し、職員の身分保障を著しくおびやかすものであり到底許されるものではない。

4、また、就労の実態についていえば、控訴人らの従事していた河川、道路の維持補修等の業務は、昭和三七年頃以降は、ほぼ一定し、時々の増減変動は殆んどなく、必要とされる工事人夫の数も、殆んど一定しており、控訴人らが休む場合には必ず事前の連絡を必要としていたのである。また作業内容においても、行II職員と控訴人ら人夫とは同じ作業に従事していたのであり、行II職員のみが請負方式による工事の監督等の担当をしていたわけではなく、人夫に対する作業の指示監督、資材の管理等については、控訴人らの中でも行なつていた者もあり、行II職員で行なつていなかつた者の方が多かつたのである。

原判決は、「原告らの月々の就労日数が各人によつてまちまちであり、特に農繁期等時期的に著しく就労日数の少ない者がいたことおよび雨天、荒天の日には作業を行なわなかつたことは当事者間に争いない」と判示しているが、原審において控訴人らは、そのようなことを認めたことはなく、またそれは著しく事実に反するものである。現実には雨天、荒天の日にも作業は行なわれていたのであり、(逆に雨天、荒天の時には、それだけ河川、道路の維持、補修の必要が増す時があり、休日、夜間勤務等などまでして行なつていたこともある)控訴人らのうちに農業を営み、農繁期等に若干就労日数が少い者がいたとしてもこれは行II職員も全く同じであり、農村地方出身の職員の特殊性である。このように、行II職員と控訴人らとでは、作業の内容も、就労の実態も基本的には異なるところがないのである。

また、道路、河川の維持、補修工事は、すべて請負に切りかえることは、業務の性質からいつても不可能であり、このことは建設省自身も、「作業を停止することができない、新規に労務者を雇うことがむずかしい、作業に習熟した者の方が能率がよい」等の理由から直営事業を継続的に行なわなければならないことを認めているごとく(甲一八号証管理者ニユースNo205)常に直営方式によつて施工することが必要なのである。

5、結局、問題は、(一)控訴人らの期限付任用の根拠となつている人事院規則(以下人規とも表示する)八―一二の七四条が、国公法付則一三条の特例として認められるものかどうかということ。(二)かりに右の特例として認められるとするのならば、いかなる場合に認められるのか、とくに「職務と責任の特殊性に基いて」という要件および但し書の国公法「第一条の精神に反するものであつてはならない」という要件をどう解釈するかということ。(三)控訴人らについて、人規八―一二の七四条を適用することは、(二)の「職務と責任の特殊性に基いて」という要件を満たすのか、国公法一条の精神の中に含まれる職員の身分保障に反しないか、ということである。そして、以上述べたように、これらの点で、控訴人らの任用に付せられた一日の任期の定めは国公法上到底有効なものということはできない。

二、本件任用更新拒絶の法的性格について、

1、控訴人らが、かりに常勤職員としての法的地位を認められないとした場合には、控訴人らは人規八―一四により採用された非常勤職員であり、かつ人規八―一二の七四条が適用される継続して日々雇い入れられた職員である。ところで人規八―一二の七四条二項は、「日々雇い入れられる職員が、引き続き勤務していることを任命権者が知りながら別段の措置をしないときは、従前の任用は、同一の条件をもつて更新されたものとする」と明定している。このような人規八―一二の七四条二項の規定が適用される控訴人らは、別段の措置、すなわち、任用更新拒絶がなければ当然に従前の任用が更新される法的地位にあつたものである。そして、こうした法的地位を奪つた法的原因は、別段の措置すなわち、本件任用更新拒絶なのである。控訴人らは、本件任用更新拒絶という法的原因により、任用の自動的な更新がなくなり、その結果「任期の満了」という形式をとつて被控訴人の職員たる地位を失つたのである。ここで問題にしているのは、被控訴人の職員たる地位を奪つた法的原因を問題にしているのであり、任用の終了の形式を問題にしているのではないのである。而して本件任用更新拒絶の法的性格を検討するならば、これは、人規八―一二の七四条二項の規定上は「別段の措置」であり、任命権者の特別な意思表示であり、その結果として任用更新拒絶、更に任期満了による退職という法律効果をもたらすものであるから、一つの法律行為、任命権者の行政処分としての法的性格を有するものである。従つてこの任命更新拒絶なる法律行為がなんらかの事由で無効な場合には、任期満了による退職という効果も発生しないのである。更にこの本件任用更新拒絶すなわち別段の措置は、人規八―一二の七四条二項により、自動的に更新されていた日々雇用の非常勤職員としての身分を一方的に奪うものであるから「職員に対する著しく不利益な処分」といわなければならないのである。

2、つぎに本件任用更新拒絶と労働基準法(以下労基法と略称する)二一条、二〇条との関係について述べる。ところで、右にのべた如く、人規八―一二の七四条二項が適用される継続して日々雇い入れられる者の身分を奪うには、人規八―一二の七四条二項の別段の措置、任用更新拒絶が必要なのであり、これは、労基法二一条、二〇条等が準用されるかどうかとは直接関係のない問題なのである。そして人規八―一二の七四条二項が適用される継続して日々雇い入れられる者の身分を奪う別段の措置―任期更新拒絶が、いかなる場合に許され、あるいはいかなる制約を受けるかという問題、すなわち、いかなる任用更新拒絶が有効とされるかという問題として労基法二一条、二〇条等の準用等が問題となるのである。

控訴人らは、継続して日々雇い入れられた非常勤職員であるとしても「一ケ月以上引続き使用されるに至つた」場合の職員であることは明らかである。そして日々雇入の非常勤職員についても労基法二一条、二〇条等が準用されることは、国公法第一次改正法律付則(昭二三、法二二二)三条から明らかである。

従つて控訴人らについても労基法二一条が準用され「労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも一ケ月前に予告をしなければならない」(労基法二〇条)のであるから、控訴人らの身分を奪うには一ケ月前に解雇予告、すなわち、任用更新拒絶の別段の措置を行なわなければならず、現実にも、一ケ月前に本件解雇の予告(甲第一九号証の一)を行なつているのである。

そして、本件任用更新拒絶は、人規八―一二の七四条二項にいう別段の措置であるとともに労基法二一条等が準用されることから解雇予告なのである。

そしてこの労基法の解雇の予告が無効であれば、労働者の身分が引続くことは、判例、学説上も争いはなく、この点は、労基法二一条の解雇の予告が無効であつても従来の身分が引続くことは全く同じであり、日々雇用契約の更新拒絶が労基法七条一号に違反し無効とされた場合は、従来の身分が自動的に継続するとされた事例(昭和三五年一月二七日大阪高裁判決、八木組解雇効力停止仮処分申請事件、労民集一一巻一号六九頁)が参考となる。

従つて、継続して一ケ月以上引続き使用されるに至つた日々雇用の非常勤職員である控訴人らを意に反し一方的に身分を奪う―解雇するには労基法二一条の有効な解雇予告が必要なのであり、右解雇予告が無効であれば、控訴人らの従前の身分は保持されるのである。

三、本件解雇―任用更新拒絶の無効について

1、国公法八九条違反―手続的瑕疵

本件任用更新拒絶が「著しい不利益な処分」であることは、既に述べたとおりである。国公法八九条一項は、「職員に対し、その意に反して………いちじるしい不利益な処分を行う」ときは、その処分を行なう者は、その職員に対し、「その処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない」旨、二項は「職員は………いちじるしく不利益な処分を受けたと思料する場合には、前記の説明書の交付を請求することができる」旨規定している。この規定は国公法七四条・七五条・八二条・八六条等とともに、いわゆる公務員の身分保障の規定をなすものであるが、公務員の身分保障は、基本的には憲法二五条・二七条・二八条等に根拠を置くものであり、特に現行法上一般職国家公務員は憲法二八条の労働基本権が制限され、特に争議権がはくだつされておる状況の下では代償的措置としても特に強調されなければならない。(最高裁大法廷・昭和四一年一〇月二六日判決、同四四年四月二日判決参照)

従つて国公法八九条が職員に対しいちじるしい不利益な処分を行なう場合に処分理由説明書の交付を要求しているのは、単に被処分者に当該不利益処分について不服申立をする場合の資料を提供するためだけに存在するのではなく、処分自体の公正さを担保するために、厳格な手続要件と、職員の権利保護要件とを定めたものと解すべきである。従つて処分理由説明書を交付せず、またはそれが甚だしく抽象的記載にとどまるときは当該処分の適正な手続要件と職員の権利保護要件を欠くものとして、さらに、憲法三一条のデユー・プロセス・オブ・ローの精神に反するものとして処分自体の無効を招来するものと解すべきである。本件解雇にあたつて被控訴人側が控訴人らに対し、処分理由書を交付しなかつたことは、被控訴人の主張から明らかである。

2、国公法七八条違反―分限事由不該当・就業規則不該当

本件任用更新拒絶処分は、「意に反する退職」をもたらすものであるから、「意に反する退職」であり、「免職」(人規八―一二の七一条)(定義六参照)であるというべきである。従つて本件任用更新拒絶処分は国公法七八条にいう「免職」と解すべきであり、国公法七八条各号に該当しない限り有効ということはできない。

そもそも分限の制度とは、「公務の能率の維持向上を目的」とするものであり、公務の能率を維持するため、職員の勤務成績が良くない場合、適格性を欠く場合や、遂行すべき職務そのものが消滅した場合などについて職員の不利益な身分上の変動を認めるものであり、その反面そのような分限事由がない限り、公務員の身分を保障しているのである。また、この分限の制度も、公務員の身分保障の主要な根幹をなすものであり、基本的には現行憲法上、憲法二五条、二七条、二八条に根拠を有するものであり、控訴人らについても適用があるのは当然である。本件解雇、任用更新拒絶は、国公法七八条、一号、二号、三号に該当しないことは勿論、四号にも該当しない。

建設省自身も認める如く、道路、河川の維持工事においては、「作業を停止することができない。新規に労務者を雇うことがむずかしい。仕事に習熟した者の方が能率がよい」(甲一八号証管理者ニユースNo205)のであるから、かりに建設省の直営事業全般の請負化方針自体は認めたとしても、道路、河川工事すべてを請負化しなければならぬ必要性はもちろん、合理性すらなく、かつ、道路、河川の維持工事を全面的に請負化し、控訴人を解雇した後においては、道路、河川等の維持補修が直営当時に較べて著しく季節的、一時的、粗雑、営利本位となり、道路の利用者、河川の沿岸住民らにとつて著しい不便、不安等を与えているのであり、また、そのため、道路、河川の維持、補修等につき、常勤の定員内職員に従事させることなども行なつているのであり、なにも控訴人らを解雇しなければならぬ必要性はもちろん、合理的理由すら存在しないのである。従つて本件解雇は、就業規則一四条に該当せず、国公法七八条の分限事由またはこれに準ずる事由がないので無効である。

3、国公法七四条違反―公正の原則違反………解雇権乱用

本件解雇、任用更新拒絶は次のような事情を考慮するときは、その必要性、合理性を欠き著しく恣意的なものであり、かつ、信義則にも違反するものであり、解雇権の乱用であつて、国公法七四条一項に違反し無効といわなければならない。

(1) 控訴人らが従事していた業務は、甲府工事事務所の基幹的な業務である国道、河川の維持、補修のための中心的な作業であり、日常的、恒常的に行なわれなければならない恒常的業務であり、これを停止することができない性質のものである。

そしてこのことは建設省自身も先に引用したごとく認めているのであるから、建設省の直営事業全般の請負化方針自体は認めたとしても、道路、河川の維持工事すべてを請負化しなければならぬ必要性はもちろん、合理的理由はなく、また、請負化は認めたとしても控訴人らを解雇しなければならぬ必要性はもちろん合理的理由すら全く存在しないのである。

(2) 控訴人らは、建設省に就労しはじめた当初は、臨時的、季節的就労であつたが、継続して勤めるうちに、次第に年間継続的に勤務するようになり、とくに、昭和三六・七年頃からは、限定された人員で年間継続的に勤務し、恒常的業務を行なうようになつたのであり、その当時の建設省の内部においては、臨時的な日々雇用の職員らも継続して勤務することにより次第に常勤の定員内の行II職員に定員化されていたのであり、とくに甲府工事事務所においては、控訴人らと全く同じ職務内容に従事していた「附属調書」もすべて定員化されたのである。控訴人らも、係官から継続して勤務しておれば当然定員化するといわれ、控訴人らもそのような期待をしていたのであり、現実に建設省全体の定員化傾向の中で、この期待は正当な根拠、背景を有していたのである。

しかるに昭和三七年一月一九日の閣議決定において、昭和三七年度の定員化により定員外職員の定員繰入れ措置は終了したとの決定がなされたことも控訴人らは知らされず、かつ、右閣議決定において定員外職員の常勤化防止措置が定められたにもかかわらず、建設省は右閣議決定に基づく雇用予定期間の明示、期間経過後不採用の措置をとらず、単に就労点検票の裏に日日雇用であると書き入れ明示するという建設事務次官通達(乙一九号証等)による全く安易な方法で問題を糊塗し続け、特に甲府工事事務所では、他の工事事務所では必ず行なつていた「年度末解雇」も行なわず控訴人らに定員化の期待を抱かせ続け、本件解雇時まで雇用してきたのである。それが昭和四三・四年頃になつて、定員外職員の常勤化防止に関する閣議決定の問題、定員外職員の問題が国会等で追及されるに及び、建設省は自らの閣議決定違反の責を免れるため昭和四四年三月七日、建設省人発第四七六号「労務者の常勤化について」(甲一八号証)を発出し、更に「常勤化防止」の措置が最も遅れていた関東地方建設局、その中でも他の所では必ず行なつている「年度末解雇」すら怠つていた甲府工事事務所は、現場労務者の一斉解雇という非常措置をとつたのである。

なお、右通知は、建設省が前記事務次官通達による「日々雇用」の明示という安易な方法が昭和三六年二月二八日付閣議決定に違反していたことを事実上認めるとともに、甲府工事事務所において「年度末解雇」すら行なわれていなかつたことは、閣議決定違反の建設省の行政指導にすら違反するものであることを明らかにしているのである。

本件解雇は、右通知と経過的、時間的、内容的にも一体をなすものであり、建設省、関東地方建設局、とくに甲府工事事務所長自身が自らの閣議決定違反を認めその責任を免れるために行なつたものであり、行政の信義則上からも到底許されない。

更に甲府工事事務所において、川合所長は、本件解雇に当つて、控訴人らに対し、その理由等を誠意をもつて説明せず控訴人らの解雇撤回等の当然の要求に対しては、団交拒否、あくまで解雇等の不誠実な態度をとりつづけ、一方的に本件解雇を強行したものであり、労使関係の信義則にも全く反するものである。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人らは、「人規八―一二の七四条二項が適用される控訴人らは、別段の措置、すなわち任用更新拒絶がなければ、当然に従前の任用が更新される法的地位にあつた」旨主張するが失当である。すなわち、控訴人らのごとき日々雇用の非常勤職員は、任期を一日と定めて任用されたものであるから、任用更新の意思表示がないかぎり、任期が満了した場合には当然退職するものである(人規七四条一項三号)。ただし、日々雇い入れられる職員が引き続き勤務していることを任命権者が知りながら別段の措置をしないときは、新たな任用行為ないし明示の任用更新の意思表示はなくとも、従前の任用は同一の条件をもつて更新されたものとされるのである(同条二項)。控訴人らは、任用更新拒絶がないかぎり当然に従前の任用が更新される法的地位にあつたのではなく、〈1〉引き続き勤務していること〈2〉任命権者がこれを知つていること〈3〉任命権者が別段の措置をしないこと、の三要件を充足した場合に、はじめて従前の任用は、同一の条件をもつて更新されたものとされるのである。

二、控訴人らは、「本件任用更新拒絶の法的性格を検討するならば、これは、人規八―一二の七四条二項の規定上は別段の措置であり、任命権者の特別な意思表示であり、その結果として任期満了による退職という法律効果をもたらすものであるから、一つの法律行為、任命権者の行政処分としての法的性格を有するものである。………この本件任用更新拒絶、すなわち別段の措置は、人規八―一二の七四条二項により、自動的に更新されていた日々雇用の非常勤職員としての身分を一方的に奪うものであるから、「職員に対する著しく不利益な処分といわなければならない」旨主張する。

しかしながら、控訴人らが本件任用更新拒絶といつているのは、甲府工事事務所長が昭和四四年二月二一日に、控訴人一ノ瀬忠保、一審原告荻野重徳、同風間久雄を除くその余の控訴人らを含む日々雇用者に対し、また、同月二五日に右控訴人一ノ瀬ら三名に対して、いずれも同年三月三一日限り控訴人らの任用を更新しない旨の通知をしたことを指しているものと考えられるところ、右通知は国公法第一次改正法律付則三条、労働基準法二一条但書一号、二〇条一項本文の趣旨に鑑みて、控訴人らの転職ないし再就職の便宜のためになされたものであるから、人規八―一二の七四条二項の別段の措置には該当しない。控訴人らは、あくまでも同年三月三一日限り任期満了によつて退職したものであつて、右通知によつて退職したという効果が発生したものではない。したがつて右通知は免職にあたらないことはもちろん「職員に対する著しく不利益な処分」にもあたらない。右通知が不利益処分にあたることを前提とする控訴人らの主張はいずれも失当である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、当裁判所の認定、判断は、次に附加訂正するほかは、原審の認定、判断と同一であるから、原判決の理由の記載をここに引用する。当審における証拠調の結果をもつてしても右認定判断を左右するには足りない。

(一)  期限付任用の許否について。

1  控訴人らは国公法が原則として期限付任用を許さないものであるとし、その根拠として最高裁判所第三小法廷の判例(民集一七巻三号四三五頁)を引用する。しかし、同判例は直接には地方公務員法の下において、小学校教員の期限付任用が許されるか否かに関するものであつて、国公法自体の解釈に関するものではないから、正確な意味における本件の先例としての判例ということはできないばかりでなく、同判例の結論は、右小学校教員の期限付任用を地方公務員法の下で許されるとしたものである。ただ、その理由として、控訴人ら引用のように「地方公務員法の下においては………職員の任用を無期限のものとするのが法の建前である」としながらも、「しかし、右の法の建前は、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させる趣旨に出でたものであるから、職員の期限付任用も、これを必要とする特段の事由が存し、かつ、それが右の趣旨に反しない場合においては、特に法律にこれを認める旨の明文がなくても、許されるものと解するのが相当である。」として、期限付任用が法の明文なしに許される場合の存することを明言しているのであつて、右の判例を根拠として本件の期限付任用が許されないものであるとする所論は採用できない。

2  次に控訴人らは、かりに期限付任用が許されるとしても、国公法附則一三条の規定により同法の特例として人規に定められることによつて、はじめて期限付任用が認められることになる旨主張するが、当裁判所は(原審も同様であるが)そのような見解に立つものではない。むしろ、右引用の最高裁判所の判例の示すとおり、国公法においても、期限付任用は「特に法律にこれを認める旨の明文がなくとも」即ち、人規によつて規定されるのをまつまでもなく、許されるものと解するのである。

ところで控訴人らは、期限付任用は、国公法一条一項に規定されている国公法の精神に違反するものであるとも主張する。しかし、本件の、控訴人らが従事するような業務について期限付任用を認めたからといつて、右条項の規定する精神に違反することはない。控訴人らは期限付任用が国公法一条一項のカツコ内の規定「職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む」ところの一般基準、換言すれば身分保障の目的に違反すると主張するけれども、一方において、さきに引用する原判決も認定するように、控訴人らのうちのかなりの数の者が定職として農業を営み、そうした都合もあつて、人夫としての就労は、その当初の毎年において一年のうち秋ころから翌年の早春までの季節にだけ行なわれて来たという沿革があり、それらの月々の就労日数も各人によりまた各月によつて必ずしも一定せず、月により二〇日に満たない者が多数あり、一〇日に満たない者や全く就労していない者さえあること、またその仕事の内容は、その性質上極めて単純な労務であつて、このことは、まさに期限付任用を必要とする特段の事由に該当し、かつ、反面において、任用期間中における身分の保障を定めた国公法の諸規定(七五条、七八条、七九条、八二条等)の適用は、いずれも排除されることはないのである。従つて、期限付任用を認めることは、国公法の精神に違反するものとはいえない。

なお控訴人らはその労働の内容においては、他の定員内の職員とくに行IIの職員らと全く異なるところがないから、控訴人らのみを日々雇用とすることは許されないと主張する。しかし、この点については、原判決理由三の(二)に示したとおりであつて、控訴人らは行II職員とはもともと制度的にも異なるものである。当審における控訴本人斉木正文、同青山久春の尋問の結果をもつてしても右判断を左右するに足りない。

3  原判決二九枚目裏一〇行から三〇枚目表二行までの記載を次のとおり補足訂正する。「が認められ、この認定に反する当審における控訴人斉木正文の供述部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。」

(二)  本件任用更新拒絶の法的性質について。

1  控訴人らは、本件の任用更新拒絶の通知が人規八―一二の七四条二項にいう「別段の措置」に該るものであるから、控訴人らにとつて、「いちじるしく不利益な処分」ないしは「免職」に該ると主張するのに対し、被控訴人は、右通知は、国公法第一次改正法律附則三条、労基法二一条但書、一号、二〇条一項本文の趣旨に鑑みて控訴人らの転職ないし再就職の便宜のためになされたものであり、人規八―一二の七四条二項にいう「別段の措置」には該当しないと主張するので、この点について判断する。

(1) 本件任用更新拒絶の通知が、控訴人一ノ瀬を除くその余の控訴人らに対しては昭和四四年二月二一日に、控訴人一ノ瀬に対しては同月二五日になされたもので、いずれも同年三月三一日限り任用の更新を拒絶する旨の意思表示であることは当事者間に争いがなく、また建設省関東地方建設局甲府工事事務所長が、昭和二九年二月一日以降、控訴人らを任期を一日とするいわゆる日々雇用の形態で同工事事務所に勤務する人夫として任用したこと、そして任命権を委任されていた同所長が、控訴人らが引き続き勤務していることを知りながら別段の措置をとらなかつたので、人規八―一二の七四条二項の規定により、その任用が日々更新されたものとして取り扱われてきたことは、被控訴人自ら認めるところである。

(2) 国公法一次改正法律附則三条は、「一般職に属する職員に関しては、別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神にてい触せず、且つ、同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において、労働基準法及び船員法並びにこれらに基く命令の規定を準用する。」と規定しているが、本件任用更新拒絶の通知がなされた当時、右規定にいう「別」の「法律」は一般職の職員の給与に関する法律および国家公務員災害補償法を除いてはいまだ制定されていないため、一般職の職員である控訴人らについては、「国家公務員法の精神にてい触せず、且つ、同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において」、労基法の規定が準用されることとなつていた。ところで労基法二一条但書、一号、二〇条一項の規定の趣旨は、日々雇い入れられる労働者が、一箇月を越えて引き続き使用されるに至つた場合には、使用者は、右の労働者の雇用を中止するためには、少くとも三〇日前にその旨の予告をしなければならないというものであるが、これらの規定は、国公法の精神にてい触するということはできず、また、同法に基づく法律または人規によつて定められた事項に矛盾するとも考えられないから、控訴人らの任用の更新を拒絶する場合には、全面的に準用されるものと解すべきである。

(3) 被控訴人は、本件の任用更新拒絶の意思表示は、右準用にかかる労基法の諸規定に基づくものであつて、人規八―一二の七四条二項の規定に基づくものではないと主張する。人規八―一二の七四条二項は、「………日々雇い入れられる職員が引き続き勤務していることを任命権者が知りながら別段の措置をしないときは、従前の任用は、同一の条件をもつて更新されたものとする。」と規定しているので、前述の労基法の諸規定の準用がないとすれば、甲府工事事務所長は、右の人規の規定する「別段の措置」として、昭和四四年四月一日に就労のために出頭する控訴人らに対し、任用しない旨の意思表示をすることとなるであろう。しかし、前述のように労基法が準用される結果、三〇日前の予告として本件任用更新拒絶の意思表示がなされたわけである。従つて、まさしく被控訴人の主張するとおり、右の意思表示は、人規八―一二の七四条二項の「別段の措置」そのものではなく、労基法二〇条、二一条の規定による、「別段の措置」の「予告」であるから、理論的には「予告」の後に改めて「別段の措置」がなされうることとなり、両者は別個のもののごとくいえないことはない。しかし、このような議論は形式にとらわれたものであつて採用することができない。何となれば、労基法の規定に基づく「予告」は、「予告」とはいいながら、単なる「予告」に過ぎないものではなく、その実体は、期限付の意思表示と解すべきだからである。このことは平均賃金を支払うことによつて予告の期間を短縮し、これを無くすることもできる(労基法二〇条二項)ことからも窺うことができる。労基法の予告は、従つて、期間をさかのぼらせてなされた解雇ないし採用更新拒絶の意思表示そのものなのであり、予告の後に、改めて解雇ないし採用更新拒絶を行なう必要はないと解すべきである。そうだとすれば、本件の任用更新拒絶の意思表示も、始期付の「別段の措置」に他ならないと解するのが相当であつて、この点に関する限り控訴人らの主張は正当である。

(4) 控訴人らは、次に、本件任用更新拒絶の意思表示は、控訴人らにとつて「いちじるしく不利益な処分」ないし「免職」にあたると主張するのでこの点について考える。人規八―一二の七四条二項の規定は、前にもみたように、日々雇用の黙示的な更新を認めている。その限りにおいて日々雇用者は、継続して任用を受けることに対する期待を有しており、「別段の措置」がなされない限りこの期待は充たされる関係にある。しかし、一方において任用の更新がいかに長期間にわたつて反覆されたからといつて、任用の形態そのものが変化するわけのものではないから、任期は相変らず一日ごとに終了しているのであつて、このために日々雇用が期間の定めのない雇用に転化することにならないのは勿論のこと、日々雇用者の側に任用更新を請求する権利が発生することにもならないことは、原判決でも説示するとおりである。

してみれば、再任用の拒否によつて、日々雇用者側は、法律上なんら具体的利益の侵害を受けたことにはならないから、人規八―一二の七四条二項にいう「別段の措置」は、「免職」にあたらないのはもちろんのこと、「いちじるしく不利益な処分」に当るものともいうことはできない。しかしながら、本件の日々雇用者のように一〇年余も継続して再雇用の更新を受けてきた日々雇用者にあつては、再雇用への期待は、いわば強度の定着性をもつているともいうべきであり、これを無視することは、国公法一条に示された同法の目的(とくにカツコ内に示された趣旨)に反するものとして、相当でない。そうだとすれば、右の再雇用への期待権的地位については、法益に準じたものとしての保護を与えるべきであつて、本件の「別段の措置」は、国公法八九条一項にいう「いちじるしく不利益な処分」にはあたらないけれども、控訴人らの側において、「いちじるしく不利益な処分を受けたと思料する場合」として同条二項の規定に基づき、処分権者に対し、処分理由説明書の交付を求めることは許されると解すべきである。そして、このような場合に、処分権者は、本件の措置を「いちじるしく不利益な処分」にあたらないことを理由として、処分理由書の交付を拒否することはできないと解すべきである。

2  本件任用更新拒絶の意思表示の無効原因について。

(1) 国公法八九条違反の主張について。

右にみたように、本件任用更新拒絶の意思表示は、国公法八九条一項にいう「いちじるしく不利益な処分」には当らないから、処分権者である甲府工事事務所長が処分理由説明書を控訴人らに対して交付しなかつたからといつて、違法はない。なお、控訴人らにおいて、同条二項の規定に基づき処分理由説明書の交付を求めた旨の主張立証はない。そして、かりに後者の場合に説明書の交付がなかつたとしても、交付の拒否は不作為の違法を招来するのみであつて、処分自体の無効原因とはならない。よつて控訴人らのこの点に関する主張はすべて理由がない。

(2) 国公法七八条違反の主張について。

本件任用更新拒絶の意思表示は、「免職」処分にはあたらないから、控訴人らの国公法七八条違反に関する主張はすべて理由がない。

(3) 国公法七四条違反の主張について。

元来日々雇用者の任用の更新拒絶は、雇用主側の自由に属するものである。

従つて、例えば更新拒絶がなんらその必要性もないのにことさらに差別的に特定人だけに不利益を与えるような意図の下になされた場合のごとく、明らかに濫用とみられる場合とか、不当労働行為と見られる場合等でない限り、すべて雇用主側の裁量に委ねられたものと解すべきである。しかるに本件において控訴人らの指摘する事情は、いずれも右の違法を招くような事実ではない。控訴人ら指摘にかかる河川、道路工事を直営方式にするか請負方式にするかの問題等は、行政政策上の問題であつて原則として適法違法を論ずる余地がなく、このような政策に変更があつたため、画一的に任用の更新が拒絶されたような場合は、任用権者側の裁量の範囲内の行為として、違法を論ずる余地は全くないのである。その他控訴人らが違法として非難する事項は、すべて任命権者側の裁量の範囲内に属する事項である。よつて本件任用更新拒絶の意思表示には、その内容においてなんらの違法もなく、その方法においても権利濫用、信義則違反は認められないから、控訴人らのこの点に関する主張も理由がない。

二、以上のとおりであつて、控訴人らの本訴請求は理由がなく、この請求を棄却した原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎 小木曾競 深田源次)

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